遺産分割協議は単純承認事由に該当するか

被相続人の財産についての遺産分割協議をすることは、相続財産の処分として法定単純承認の事由に該当するのが原則です。けれども、遺産分割協議をした後になって、予想もしていなかったような多額の相続債務が発覚した場合に、法定単純承認の効果が発生していなかったと見る余地があると判断した裁判例があります。

1.遺産分割協議後の相続放棄を認めた例

大阪高等裁判所平成10年2月9日決定では、相続人が遺産分割協議をした行為について次のように判断しています。

相続人が他の共同相続人との間で遺産分割協議をした行為は、相続人が相続財産につき相続分を有していることを認識し、これを前提に相続財産に対して有する相続分を処分したものだから相続財産の処分行為と評価することができ、法定単純承認事由に該当するというべきである。

この事例では、遺産分割協議をおこなった後になって、被相続人には銀行に対する4,400万円以上の連帯保証債務があることが判明しています。また、相続放棄申述をした人は、遺産分割協議において遺産を何も取得しないものとしています。

そこで、次のような判断を示したうえで、相続放棄の申述を却下した原審判を取り消し、原裁判所に差し戻しています。

相続人が、多額の相続債務の存在を認識しておれば、当初から相続放棄の手続を採っていたものと考えられ、相続人が相続放棄の手続を採らなかったのは、相続債務の不存在を誤信していたためであり、被相続人と相続人の生活状況、他の共同相続人との協議内容の如何によっては、本件遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、ひいては法定単純承認の効果も発生しないと見る余地がある。

相続財産が存在することを前提にして遺産分割協議をおこなった場合でも、法定単純承認事由に該当しない場合があると判断したわけです。

2.相続財産の存在を認識した時から熟慮期間を起算すべきとした裁判例

ところが、上記と同じような事例であっても、次のとおり遺産分割協議をした事実をもって「自己のために相続の開始があったことを知った」と判断している裁判例もあります(東京高等裁判所平成14年1月16日決定)。

相続人らは、被相続人が死亡した直後に、被相続人が所有していた不動産の存在を認識した上で他の相続人全員と協議し、これを相続人中の一人に単独取得させる旨を合意し、他の相続人は、相続分不存在証明書に署名押印しているのであるから、遅くとも遺産分割協議のときまでには、被相続人に相続すべき遺産があることを具体的に認識していたものであり、相続人が被相続人に相続すべき財産がないと信じたと認められないことは明らかである。

東京高裁によるこの決定では、「相続人が、自己が相続すべき財産の全部又は一部の存在を認識した時」に熟慮期間が開始するという、最高裁判所昭和59年4月27日判決を根拠に判断をしています。この立場からすれば、遺産分割協議をおこなってから3ヶ月が経過した後には、いかなる場合であっても、相続放棄申述は受理されないことになります。

上記2つの高裁による裁判例では、結論が正反対となっています。したがって、遺産分割協議をした後に、多額の債務の存在が発覚したことで相続放棄をしようとする場合には注意が必要です。

なお、遺産分割協議をしたことが相続放棄の単純承認事由になるかについては、遺言書がある場合の限定された事例についてですが、下記の判断を示した裁判例があります(東京高等裁判所平成12年12月7日決定)。

相続人は、相続財産の一部の物件について遺産分割協議書を作成しているが、これは遺言書において他の相続人に相続させることとすべき不動産の表示が脱落していたため、遺言の趣旨に沿ってこれをその相続人に相続させるためにしたものであり、相続人において自らが相続し得ることを前提に、他の相続人に相続させる趣旨で遺産分割協議書の作成をしたものではないと認められるから、これをもって単純承認をしたものとみなすことは相当でない。

(最終更新日:2013年5月14日)

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