被相続人が所持していた、ほとんど経済的価値のない財布などの雑品を引取り、被相続人のわずかな所持金の引渡を受け、このお金に自己の所持金を加えて、遺族として当然おこなうべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたことが、相続財産の処分に該当しないと判断されています(昭和54年3月22日大阪高等裁判所決定)。具体的には次のような事例です。
行方不明であった被相続人が遠隔地で死去したことを所轄警察署から通知され、取り急ぎ同署に赴いた妻子が、同署から被相続人の着衣、身回り品の引取を求められ、やむなく殆んど経済的価値のない財布などの雑品を引取り、さらに被相続人のわずかな所持金の引渡を受けた。
わずかな金品をもって相続財産(積極財産)とは社会通念上認めることができないのみならず、相続人らは右所持金に自己の所持金を加えた金員により、遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたのは、人倫と道義上必然の行為であり、公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものである。
これをもって、相続人が相続財産の存在を知ったとか、債務承継の意思を明確に表明したものとはいえないし、民法921条1号の「相続財産の一部を処分した」場合に該当するともいえないのであって、右のような事実によって相続人が相続の単純承認をしたものと擬制することはできない。
この事例での、被相続人の所持金は2万円程度です。昭和54年当時の2万円が相続財産(積極財産)とは社会通念上認めることができないとされているわけです。さらに、このお金を被相続人の火葬費用および治療費残額の支払いに充てたことが「相続財産の処分」に当たらないと判断されました。
また、この裁判例では、「相続の単純承認、および単純承認の擬制」の法的性質について、次のような判断を示しています。
単純承認は相続人の自発的意思表示に基づく効果であり、民法921条による単純承認の擬制も相続人の意思を擬制する趣旨であると解すべきである。したがって、とくに遺産が債務のみの場合には相続人が通常この債務を承継してその支払を引受ける自発的意思を有することは稀なことであるから、その債務承継の意思の認定ないし擬制を行なうについては、特に慎重でなければならない。
遺産が債務のみの場合には、相続人がこの債務を承継してその支払を引受ける自発的意思を有することは稀なことである、つまり、相続を単純承認することは稀であるから、単純承認の擬制をする際にはとくに慎重に判断すべきとしているわけです。