相続放棄をしたが、被相続人の治療費や入院費を支払うように病院から請求されている。この入院費や治療費の支払いはどうするべきかとのご相談をよくいただきます。

まず、入院費や治療費は被相続人ご本人が支払うべきであった債務ですから相続財産に含まれます。よって、相続放棄をした相続人は、入院費や治療費の支払いをする義務はありません

しかしながら、支払い義務は無いといっても、故人が生前にお世話になった病院に対してはちゃんと支払いをしたいと考える方もいらっしゃるでしょう。

そこで、入院費や治療費の支払いをする場合に、「相続財産によって支払う」のと「相続人固有の財産によって支払う」のと、2通りの方法が考えられます。

相続放棄と治療費・入院費の支払い義務(目次)
1.相続財産による支払いは財産の処分に当たるか
2.相続人固有の財産により支払うのはどうか
3.相続人が保証人になっている場合

1.相続財産による支払いは財産の処分に当たるか

民法921条では、相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときに、相続人は単純承認をしたものとみなすとされていますが、保存行為に当たる場合は除くとされています。

「期限の到来した債務の支払いをする行為」は保存行為に含まれます。入院費や治療費は、入院治療が終了した後にすみやかに支払うべきものですから、期限の到来した債務であるといえます。したがって、相続財産により、入院費や治療費の支払いをしても相続財産の処分には当たらないと考えられます。

実際の裁判例でも、被相続人の所持金に、自己の所持金を加えて、被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたことが、相続財産の処分に該当しないと判断されています。

ただし、被相続人名義の銀行預金により支払いをする場合などは、事前に専門家(弁護士、司法書士)に相談した上で、細心の注意を払っておこなうべきできでしょう。

相続人らは被相続人の所持金に自己の所持金を加えた金員により、遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたのは、人倫と道義上必然の行為であり、公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものである。これをもって、相続人が相続財産の存在を知ったとか、債務承継の意思を明確に表明したものとはいえないし、民法921条1号の「相続財産の一部を処分した」場合に該当するともいえない(大阪高等裁判所昭和54年3月22日決定)

2.相続人固有の財産により支払うのはどうか

相続人固有の財産というのは、相続財産とは関係なく、相続人自身がもともと持っている現金や銀行預金です。自分自身の財産を処分しても、相続財産の処分に当たらないのは当然の話です。

したがって、相続人固有の財産による場合には、入院費や治療費を支払うための原資については全く問題が無いとしても、被相続人が負っていた債務を消滅させる行為は、相続財産の処分に当たらないのかという疑問が生じるかもしれません。被相続人の治療費や入院費を支払うのがまさにこの行為に該当するわけです。

相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときに、相続人は単純承認をしたものとみなすとされているのであり、被相続人の債務を消滅させるのも財産の処分に当たるのでは無いかとの疑問です。

この点については、被相続人の固有財産により被相続人の相続債務の一部弁済をする行為は、相続財産の処分に当たらないとされています。

相続人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は、自らの固有財産である前記の死亡保険金をもってしたものであるから、これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである(福岡高等裁判所宮崎支部平成10年12月22日決定)。

この裁判例では、「自らの固有財産である」という点が重要視されており、「相続債務を弁済する行為」そのものが相続財産の処分に当たるのかについては判断されていないようにも思えますが、あまり深入りして考える必要は無いのかと思います。

ただし、実際に支払いをする場合などは、事前に専門家に相談してからおこなうのがよいでしょう。質問のケースに限らず、相続放棄が必要だと考えるときは、自己判断で行動してしまう前にまず専門家へ相談に行くことを強くお勧めします。

3.相続人が保証人になっている場合

病院へ入院する際に、家族の方が保証人になっている場合、相続放棄をしても保証人としての支払い義務は無くなることはありません。保証人としての支払い義務は、保証契約に基づくものであり、相続財産とは関係ないからです。

それでは、入院費の保証人となっている相続人が相続放棄するのは無意味かといえばそうとは限りません。相続放棄をすれば、保証人となっている入院費以外の相続債務については支払い義務を逃れることが出来るからです。

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