【質問】
父から不動産の生前贈与を受ける予定です。父は事業を営んでいることもあり、亡くなったときに債務があった場合には、相続放棄をするつもりでいます。
生前贈与を受けている相続人が相続放棄をしようとした場合、何か問題になることはあるのでしょうか。なお、現時点では父に債務がないことは確認しています。

【回答】
被相続人の生前に贈与を受けていた場合であっても相続放棄することは可能です。ただし、生前贈与を受ける時点において被相続人(贈与者)に債務のあることを知っていた場合、その贈与契約は、債権者による詐害行為取消権の行使の対象となる可能性があります。

たとえば、不動産の生前贈与を受けて、贈与を原因とする所有権移転登記をおこなっていたとしても、債権者による詐害行為取消しの請求が裁判所に認められた場合、生前贈与契約は取り消され、所有権移転登記は抹消されることになるわけです。

この場合、生前贈与を受けていた不動産は相続財産に含まれることになりますが、それによって相続放棄が取消しや無効になったりすることはありません。つまり、生前贈与を受けていた不動産は手放さなければならないものの、それ以外に被相続人の債務を引き継ぐようなことにはなりません。

なお、詐害行為取消しの請求ができるのは、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為です(民法424条)。したがって、生前贈与を受ける時点においては債務が存在しなかったような場合には、その生前贈与の効力が否定される恐れはないと考えてよいでしょう。

民法第424条(詐害行為取消権)

 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者又は転得者がその行為又は転得の時において債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。

2 前項の規定は、財産権を目的としない法律行為については、適用しない。

相続放棄が出来なくなる場合

相続人が、その相続を単純承認した場合には、相続放棄をすることはできなくなります。どのようなときに、単純承認したものとみなされるのかは民法921条に定められています。

民法第921条(法定単純承認)

 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。

一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。

二 相続人が第914条第1項(熟慮期間)の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。

三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

民法921条に定める法定単純承認事由の中で、被相続人の生前に贈与を受けていたときと関連がありそうなのは、「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」ですが、これは「相続財産」を処分したときなのですから生前贈与は含まれません。

また、家庭裁判所へ相続放棄の申述をしたときは、相続人によるものであること相続人の真意に基づくものであることといった形式的な審理に加え、相続放棄の申述が法定期間内にされたこと法定単純承認の事由がないことといった実質的な要件についての審理もおこなわれます。

したがって、家庭裁判所での相続放棄申述受理の審理において、生前贈与の事実の有無が対象となることはありませんから、上記の要件を満たしている限りその相続放棄申述は当然に受理されます。そして、生前贈与を詐害行為だと主張する債権者がいれば、別に訴えを起こして争うことになるわけです。

なお、詐害行為取消権行使の対象となるのはあくまでも、被相続人の生前におこなわれた贈与契約です。相続放棄そのものについては詐害行使取消権の対象とはなりません。

相続の放棄のような身分行為については、民法424条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。なんとなれば、右取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ、相続の放棄は、相続人の意思からいつても、また法律上の効果からいつても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である。また、相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によつてこれを強制すべきでないと解するところ、もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり、その不当であることは明らかである(最判昭和49年9月20日)。

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