相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときには、単純承認をしたものとみなされます(民法921条)。そのため、その後に相続放棄をすることはできません。

遺産分割協議をすることは相続財産の処分にあたり、法定単純承認事由に該当するのが原則です。

遺産分割協議をするのは、相続財産につき相続分を有していることを認識し、これを前提に、相続財産に対して有する相続分を処分したものだからです。

しかし、遺産分割協議をしてしまった後でも、その遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、法定単純承認の効果も発生しないと見る余地があるとされた裁判例があります(大阪高決平成10年2月9日)。

この事例では、遺産分割協議後に多額の債務の存在が発覚したため、そのときから3か月以内に相続放棄申述受理の申立てをしています。

ただし、ここで相続放棄をしようとしているのは、遺産分割協議により遺産を取得しないとした相続人です。遺産を取得した相続人については、上記裁判例の判断には含まれないと考えるべきでしょう。

具体的な事実の経過は次の通りです。

平成9年4月30日 被相続人が死亡
平成9年8月1日 被相続人の妻、長男、長女、四男、五男による遺産分割協議で、妻および長男が不動産を相続することとなり、遺産分割協議書を作成し、所有権移転登記をおこなった。
平成9年9月29日 債権者からの連絡により、被相続人が、長男の経営する会社の連帯保証人になっていたことが発覚。その後に調査をすると、被相続人には、上記以外にも銀行に対する4,400万円以上の連帯保証債務のあることが判明。
平成9年11月1日 家庭裁判所へ、長女、四男、五男が相続放棄申述受理の申立てをしたが却下された。

被相続人の妻、長男、長女、四男、五男で遺産分割協議をおこない、妻、長男が遺産を取得しています。そして、相続放棄をしようとしているのは、遺産を取得しなかった長女、四男、五男であるわけです。

このような事例で、次の判断がなされています。なお、「抗告人ら」とは、相続放棄申述が却下されてしまった「長女、四男、五男」のことを指します。家庭裁判所による相続放棄申述却下の審判に対して、高等裁判所へ即時抗告をした、その抗告人であるわけです。

抗告人らが前記多額の相続債務の存在を認識しておれば、当初から相続放棄の手続を採っていたものと考えられ、抗告人らが相続放棄の手続を採らなかったのは、相続債務の不存在を誤信していたためであり、前記のとおり被相続人と抗告人らの生活状況、○○(長男)ら他の共同相続人との協議内容の如何によっては、本件遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、ひいては法定単純承認の効果も発生しないと見る余地がある。

さらに、本件の相続放棄申述を受理すべきか否かは、相続債務の有無および金額、その相続債務についての抗告人らの認識、本件遺産分割協議の際の相続人間の話合の内容等の諸般の事情につき、更に事実調査を遂げた上で判断すべきであるとして、原裁判所(本件申述を却下した家庭裁判所)へ差し戻すとの決定をしています。

また、家庭裁判所における申述受理の審判について次のような判断も示しています。

なお、申述受理の審判は、基本的には公証行為であり、審判手続で申述が却下されると、相続人は訴訟手続で申述が有効であることを主張できないから、その実質的要件について審理判断する際には、これを一応裏付ける程度の資料があれば足りるものと解される。

当事務所で実際に取り扱った事件でも、遺産分割協議により遺産を取得しないとした相続人による相続放棄申述では、「遺産分割協議をしたとの事実」のみをもってただちに却下されたことはありません。

(最終更新日:平成27年8月20日)