当事務所へ相談にお越しいただく方から、「他の司法書士や弁護士に相談したが、今から相続放棄をするのは無理だと言われた」というようなお話しを頻繁にうかがいます。

また、今から放棄するのは難しいとは思うけれども、それでもやるならば「一か八かのつもりで相続放棄の申述をしてみるしかないと言われた」というような話もよく耳にします。

たしかに、相続財産の処分があったとみなされるような行為があった場合に、裁判所にどう判断されるかの予想が難しいケースもありますが、私からみて「受理されるかどうかが一か八か」だと思う事例はそれほど多くありません。

相続開始から3か月経過後に債務の存在が発覚した場合

被相続人の死亡から3か月が経過した後に相続放棄をするのは、死亡時には予期していなかった債務が発覚した場合が多いです。相続財産の存在を一部知っていた場合であっても、後で分かった債務の方が多いようなときには、債務の存在を知ってから3か月以内であれば相続放棄が受理されるのが普通だと言ってよいでしょう。

問題になるのは、相続人間で遺産分割協議を成立させてしまっているようなケースです。この場合であっても、分割協議において遺産を全く取得しないものとした相続人については、その後の相続放棄申述が受理される可能性が高いでしょう。

遺産分割協議において遺産を取得した相続人については、その後の相続放棄が認められるのは難しいかもしれませんが、それでも取得した財産の価値と、発覚した債務の内容などによっては受理されることもあるでしょう。このような事例については、受理されるかが一か八かといえるかもしれません。

繰り返しになりますが、財産が少なかったために遺産分割についての話し合いをしていなかったり、または、遺産分割協議をしていても自分が相続する財産はないものとしていたようなケースでは、その後に多額の債務が発覚したときには、それからの相続放棄が認められる可能性が高いといってよいでしょう。

よって、正しい知識を持った専門家が話を伺ったとすれば、その相続放棄申述が受理されるかどうかは、ほとんどのケースで予想がつくものと考えられます。少なくとも、そんなに頻繁に一か八かやってみるようなことにはならないはずです。

家庭裁判所における相続放棄の審理について

家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合以外は、相続放棄の申述を受理すべきであるとされています(東京高決平成22年8月10日)。

家庭裁判所に対して、相続放棄の申述がされた場合、相続放棄の要件の有無につき入念な審理をすることは予定されていません。具体的な流れとしては、家庭裁判所へ相続放棄申述書およびその他の必要書類を提出することにより手続きが開始します。

そして、裁判所では、提出された相続放棄申述書などを確認した上で、申述人へ文書による照会をおこなうのが通常です。つまり、申立時に提出した書類(相続放棄申述書およびその他の必要書類)と、裁判所からの照会に対する回答書のみによって、相続放棄の要件の有無についての審理がなされるのが大多数であるわけです。

債権者に対する意見聴取などをおこなうことなしに、申述人の一方的な主張のみをもとにして審理がなされるのであり、さらに、上記のとおり家庭裁判所の実務では「却下すべきことが明らかな場合以外は、相続放棄の申述を受理すべきである」との取り扱いがされています。

このような取り扱いがされているのは、「受理がされても相続放棄が実体要件を備えていることが確定されるものではないのに対し、却下されると相続放棄が民法938条の要件を欠き、相続放棄したことを主張できなくなる」ことによります。

家庭裁判所で相続放棄の申述が受理されたとしても、「被相続人の債権者は後日訴訟手続で相続放棄申述が無効であるとの主張をすることができる」ので、相続人と利害の対立する債権者に不測の損害を生じさせることにはならないということです。

(東京高決平成22年8月10日)

相続放棄の申述がされた場合、相続放棄の要件の有無につき入念な審理をすることは予定されておらず、受理がされても相続放棄が実体要件を備えていることが確定されるものではないのに対し、却下されると相続放棄が民法938条の要件を欠き、相続放棄したことを主張できなくなることにかんがみれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合以外は、相続放棄の申述を受理すべきであると解される。

(福岡高決平成2年9月25日)

家庭裁判所は、相続放棄の申述に対して、申述人が真の相続人であるかどうか、申述書の署名押印等法定の方式が具備されているかどうかの形式的要件のみならず、申述が本人の真意に基づいているかどうか、3か月の熟慮期間内の申述かどうかの実質的要件もこれを審理できると解するのが相当であるが、相続放棄申述の受理が相続放棄の効果を生ずる不可欠の要件であること、右不受理の効果が大きいこととの対比で、同却下審判に対する救済方法が即時抗告しかないというのは抗告審の審理構造からいって不十分であるといわざるをえないことを考えると、熟慮期間の要件の存否について家庭裁判所が実質的に審理すべきであるにしても、一応の審理で足り、その結果同要件の欠缺が明白である場合にのみ同申述を却下すべきであって、それ以外は同申述を受理するのが相当である。このように解しても、被相続人の債権者は後日訴訟手続で相続放棄申述が無効であるとの主張をすることができるから、相続人と利害の対立する右債権者に不測の損害を生じさせることにはならないし、むしろ、対立当事者による訴訟で十分な主張立証を尽くさせた上で相続放棄申述の有効無効を決する方がより当を得たものといいうる。