相続人中に認知症の人がいて、自分で相続放棄の手続きをすることができない場合、その相続人のために家庭裁判所で成年後見人の選任をしてもらう必要があります。そして、その成年後見人が代理人となり相続放棄の手続きをおこなうことになります。

成年後見人選任の申立をした後に、成年後見人が相続放棄の手続きをおこなう場合、相続の承認または放棄をすべき期間は、その成年後見人が「被後見人のために相続の開始があったことを知ったとき」から3ヶ月以内です。よって、成年後見人が選任されてから3ヶ月以内に手続きをすれば良いことになります。

民法917条 相続人が未成年者又は成年被後見人であるときは、民法915条第1項の期間(相続の承認または放棄をすべき期間)は、その法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する。

成年後見人の選任をしないとどうなるか

ただし、現実には相続放棄する際に認知症の相続人がいる場合に、いつでも成年後見人選任の申立をしての相続放棄申述がおこなわれているわけではありません。

成年後見人は相続放棄をするためだけに選任されるのではなく、相続放棄の手続きが終わった後も、本人の生涯にわたって後見人の職務が継続します。そのため、認知症の相続人に相続放棄する必要がある場合であっても、家庭裁判所への申立手続きやその後の負担を考慮すると、親族の方が成年後見人選任の申立てを望まないこともあるでしょう。

認知症の相続人を除いて、他の相続人の全員が相続放棄をしたとします。この場合、放棄をしなかった相続人のみが、被相続人の債務を相続していることになります。

そこで、債権者が請求をおこなおうとするならば、その相手は認知症である相続人のみとなりますが、判断能力が既に失われているような状況であったとすれば支払いを受けるのは不可能でしょう。本人に判断能力がないからといって、その家族への請求をするわけにもいきませんから、それ以上は債権者が行動を起こすこともないかもしれません。

ここで注意すべきは、その相続人が亡くなったときには、その人の相続人へ債務が引き継がれるということです。そのため、認知症である相続人自身が財産を持っていた場合が問題です。相続放棄をしてしまえば、その財産を引き継ぐこともできなくなってしまうからです。

したがって、認知症である相続人の方が財産を持っている場合には、やはり、成年後見人の選任を受けた上で相続放棄の手続きをしておくべきかもしれません。この辺りの判断は、被相続人の財産の状況、認知症である相続人の財産の状況などを把握した上で、慎重な検討が必要でしょう。

また、本人については事情が理解できないから問題がないとしても、債務を引き継いでいる状況におかれているのは事実であり、放っておくことにより利息や損害金が加算されていくのですから、決して望ましい事態ではありません。そのため、認知症などのため判断能力が失われているとしても、相続放棄が必要であるならば、成年後見人選任の申立をすることを第1に考えるべきだといえます。