相続放棄の熟慮期間についての判断を示した最高裁昭和59年4月27日判決では、熟慮期間の起算点が後ろに繰り延べられるための要件として、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたことなどを挙げています(くわしくは、「特別な事情がある場合の熟慮期間の始期」をご覧ください)。

しかし、実際の家庭裁判所における実務では、明らかに単純承認したとみなされるような事実が存在しない限りは、相続財産の存在を一部知っていたようなときであっても、後になって多額の債務が発覚したような場合には、相続放棄の申述を受理する取り扱いが行われています。

今回ご紹介する事例では、多額の積極及び消極財産があることを認識していたのにかかわらず、相続開始から3ヶ月経過後の相続放棄が認められています。

抗告人(相続放棄の申述人)は、自らは被相続人の積極及び消極の財産を全く承継することがないと信じ、かつ、このように信じたことについては相当な理由があったのであるから、抗告人において被相続人の相続開始後所定の熟慮期間内に単純承認、もしくは限定承認、または放棄のいずれかを選択することはおよそ期待できなかったものであり、被相続人死亡の事実を知ったことによっては、未だ自己のために相続があったことを知ったものとはいえないというべきである。
そうすると、抗告人が相続開始時において本件債務等の相続財産が存在することを知っていたとしても、抗告人のした本件申述をもって直ちに同熟慮期間を経過した不適法なものとすることは相当でないといわざるを得ない(東京高等裁判所平成12年12月7日決定)

この事例では、被相続人の2人の子(長男、長女)が法定相続人です。被相続人は、事業を承継する長男に全ての財産を相続させるとの遺言をしていました。財産には不動産などの積極財産だけでなく、銀行借り入れなどの多額の消極財産(債務)も含まれていました。

そのため、長女は自分が「被相続人の積極及び消極の財産を全く承継することがないと信じ」ていたわけです。ところが、後になって予期せぬ債務の存在が発覚したことにより、そのときを自己のために相続の開始があったことを知ったときであるとして、相続放棄申述をしたのです。

家庭裁判所においてはいったん相続放棄申述が却下されたものの、東京高等裁判所へ「相続放棄申述却下審判に対する即時抗告申立」をおこなった結果、相続放棄申述が受理されることとなったわけです。